あまりに書くのが遅すぎて泣けてくるけれど、何とかまとめた、2023年最後の鑑賞記録です。
年末に見納めとした『カサンドラ・クロス』
以下は作品情報のまとめと感想です。以下各所で内容に触れていますので、読み進める際はご注意下さい。
原題:The Cassandra Crossing
公開年:1976年 上映時間:129分
監督:ジョルジュ・パン・コスマトス 脚本:トム・マンキーウィッツ
撮影:エンニオ・グアルニエリ 音楽:ジェリー・ゴールドスミス
出演:ソフィア・ローレン リチャード・ハリス マーティン・シーン
O.J.シンプソン ライオネル・スタンダー
イングリッド・チューリン バート・ランカスター
リー・ストラスバーグ エヴァ・ガードナー アリダ・ヴァリ
レイモンド・ラブロック ルー・カステル
【物語】 三人のテロリストがジュネーブのWHO本部を急襲する。その目的は米軍がひそかに研究していた細菌を奪取することだった。警備員との銃撃戦の結果、一人は即死、一人は重傷を負って取り残され、一人が細菌に感染したまま、ジュネーヴ発ストックホルム行きの国際列車に逃げ込んだ。
この情報を得た米軍は逃走犯の捕獲に乗り出すが、その列車には高名な脳神経外科医をはじめ、多彩な顔触れの乗客が乗り込んでいた。感染拡大を恐れるWHOの研究者は即刻列車を停止させ、乗客の隔離・検疫を求めるが、機密情報漏洩を恐れる米軍はそれに反対。逃走犯のみを捕獲し、乗り合わせた乗客たちを見殺しにする作戦に出る。
*スタッフ*
【監督】 ジョルジュ・パン・コスマトス George・P・Cosmatos
1941年イタリアに生まれる。以前は気に留めたことがありませんでしたが、苗字がギリシャっぽい。IMDbの記載によると、
イタリア生まれのギリシャ人。複雑なアクションや空撮シーンが得意で、問題のある現場を救ってきた監督として知られている。
とあります。確かに本作品も冒頭の流れるような空撮から始まって、現場となるWHO本部の建物に向かうまでの流れがなめらか。猛烈な勢いで走ってくる救急車にカメラが寄ってからストレッチャーが中に運び込まれるまで、場としては一つの流れに収めているあたり職人技という感じがします。『栄光への脱出』でO・プレミンジャーの、『その男ゾルバ』でマイケル・カヤコニスの助監督を務めたとあるので、大規模プロジェクトなどの経験を積んだんでしょうね。そのほかの作品としては、『ランボーⅡ』『トゥーム・レイダー』。大味になりがちなアクション映画に、ドラマも描くことができる監督だという印象です。
【脚本】トム・マンキーウィッツ Tom Mankiewicz
1942年アメリカ、ロス・アンジェルス生まれ。思い出されるのはやはり初期の007作品でしょうか。昨年が007シリーズ製作60周年(還暦か!)ということでリバイバル上映もあり(私も、『ロシアより愛をこめて』を観てきたばかり)、テンポの良い話の展開もこの方が書いているなら納得です。(脚本には監督のG・P・コスマトスのほかに、ロバート・カッツの名前もクレジットされていて、分担のほどは調べてみましたがわからずじまい)。ほかの作品で私のお気に入りは、『レディ・ホーク』。魔力で鷹に姿を変えられたお姫様と、黒づくめの騎士が繰り広げる王道ラブ・ロマンス。こちらもおすすめです。苗字から推察されるように、お父さんは『イブのすべて』でアカデミー監督賞・脚本賞を受賞した、ジョセフ・L・マンキーウィッツ。お父さんと書きましたが、IMDbのプロフィールを見ると、トム側ではお父さん、ジョセフ側ではいとこになっているので、どちらが正しいか不明ですが、いずれにせよ近しい関係であることは確かでしょう。この方たち以外にも脚本・監督・俳優で一族が多数いる模様。ハリウッドに根差した有力一家といったところでしょうか?
【撮影】エンニオ・グアルニエリ Ennio Guarnieri
1930年イタリア・ローマに生まれる。ここまで順番にスタッフの事を調べてきたけれど、この撮影監督は本作撮影時点ですでに巨匠。30歳くらいから映画監督としてクレジットされ始め、一年間にかかわった作品数がこれまた膨大。観たことないけど『ブラザーサン・シスタームーン』『ジンジャーとフレッド』になぜか観たことのある『王女メディア』に忘れてはいけない『甘い生活』。撮影作品のほとんどはイタリア映画ですけれど、とにかく本数が多いし、80歳を超えても働いていたので、もはや人生100年時代のお手本ですね。そう思うと本作は、キャリアの半分くらいの時点で撮ったわけで、空撮だろうがアクションだろうがドンと来いといった感じに思えます。すごいなぁ、なんでもできる人って羨ましいです。
【音楽】ジェリー・ゴールドスミス Jerry Goldsmith
言うまでもない映画音楽界の巨匠。むかーし昔に読んだ映画記事で印象的だったのが、『猿の惑星』の録音の時に、猿のマスクを着けて指揮をしていた写真。なんというか色物音楽家という印象を持ってしまった私。で、改めてこの作品ですが、メロディーはあくまで甘く流麗で、もう古き良き70年代の香りにあふれたヨーロッパ音楽という感じ。一度聞けば忘れない一方で、決して映画を邪魔しない、音楽が独り歩きしない良さだと思います。かかわった昨作品をみると、あれもそう、これもそうというものばかり。観たことのある作品で好きだなと思うのは、『ブラジルから来た少年』『愛がこわれるとき』『L・Aコンフィデンシャル』など。ピンキリでお仕事しているその姿勢もいいですね。
*出演*
【ソフィア・ローレン】Sophia Loren
言わずと知れた大女優。なんというか歩く太陽。そばにいたら焼けこげそうな感じ。本作は、ちょっとわがままな流行作家という設定で、意外にもというかちゃんとそれっぽくというか、流行作家という言葉から想像されるような、公約数の姿をしっかり演じていて新鮮に思えました。ソフィア・ローレンという名前は、求心力があるけれど、本作では主役としての華を求められる部分と、だからと言って目立ち過ぎずにバランスをとる部分の両方が観られて、印象が少し変わった感じがします。美女というよりは、パンチの利いたかっこいいお姉さんが、元夫の前ではついわがままを言ってしまったり、パニックの時には、みんなと一緒に乗り切ろうと頑張る姿に共感できました。
そうそう、本作プロデューサーは夫のカルロ・ポンティで、一度離婚したのち又くっついた作中カップルのモデルのようで、ご主人、ソフィアにぞっこんなんですね。なんといっても彼女のショットが美しい。パニックシーンでも美しい。
【リチャード・ハリス】Richard Harris
常に黒のタートルネックを着ている印象があるリチャード・ハリス。この後の『オルカ』でも着てませんでしたか?あるいは、本作の印象があまりに強くて、私の脳内に刷り込まれたのか? 専門外(本当は脳神経医)なのに、細菌感染に対応するため列車内を病室にしたり、犯人捜しをしたり、WHOと交渉したりとマルチな活躍をするスーパードクター。本作では元妻がS・ローレンですが、撮影時私生活での相手はアン・ターケル。レイモンド・ラブロックの彼女役で、客室でいちゃついた後に汗まみれの痴漢(感染した逃走犯)に出くわすという役で出ていました。ローレン=ポンティは結婚・離婚・再婚で最後まで添い遂げましたが、こちらは、8年ほどで破局。撮影時は結婚したばかりのころで、離れたくなかったから一緒に出演したんでしょうか?
【マーティン・シーン】Marteen Sheen
若い登山家でお金持ちの愛人稼業。税関フリーパスの愛人と一緒に行動することで、麻薬の密輸にもかかわっている後ろ暗い青年という設定。しかも名前が「ナバーロ」とスペイン系をほうふつとさせる名前。完全に俳優のバックボーンに寄せたキャスティングですよね。野心はあるが放蕩三昧な生活から抜けられず、そんな自分に嫌気がさしているのが伝わってきます。でも終盤近くにちょっといい場面があります。実は彼も愛人の事を真剣に好きだったとわかる下りがあって、クサイ展開とはいえうまいなぁと思えるのです。今ではエミリオ、チャーリー兄弟のお父さんといった方が通りがいいかもしれません。顔立ちはチャーリーの方がよく似ていると思いますが、演技の質というかタイプはエミリオの方が似ているかもしれません。
【O・J・シンプソン】O.J.Simpson
アメリカン・フットボールのスーパースターにして、芸能界でも成功した超セレブで今でいうならさしずめ・・・誰でしょうね?ドウェイン・ジョンソンみたいな感じ?
70年代パニック映画のはしりともいうべき『タワーリング・インフェルノ』にも出演、自身がプロデュースした『裸のガンを持つ男』シリーズも当たって順風満帆な人生に影が差すのは、やはりあの事件ですよね。逃走犯を追いかけてそれがテレビ中継され、映画やドラマのネタになっていくという、メタフィクションを地で行くような展開が起こるとは、当時誰も想像できなかったはず。
【ライオネル・スタンダー】Lionel Stander
登場シーンを観たとき、「アーネスト・ボーグナインがでてる?」とかなり途中までそう思っていましたが、なんか違うと思って後で調べてみると、ライオネル・スタンダーとあって、「すみません、どちら様ですか?」となった次第。しかし調べてみれば、いわゆるハリウッドの赤狩りで映画界を追放されたそうなので、反骨の人なのかもしれません。俳優としての不遇時代はニューヨークで株式仲買人をしていたそうです。その後映画にも復帰して本作に至った模様です。役柄も味があっていいんですよね。実直に職務を全うしているけれど、後に出てくる時計売りの詐欺師をうまく見逃していたり、ここぞと言うときには客を守り抜くというプロ意識を全面に押し出したり。小さいけれど印象的な役です。
【イングリッド・チューリン】Ingrid Thilin
『地獄に落ちた勇者ども』の彼女ですよ!ヴィスコンティやベルイマン映画に出演した偉大なる女優。彼女からすれば、ほかの出演者なんて子供も同然(勝手な推測)。役柄もまたふさわしく、WHOの研究者かつ部門の責任者(と思われる)。ランカスター扮する米軍大佐が、彼女に向かってこの責任者は誰だ?と尋ねると「私です」と答えるとちょっと驚いた様子で彼女を見直すという小さな場面。これだけで、立場や考えに輪郭線ができる展開がちょっといいんですよね。この映画の贅沢すぎるキャスティングの一例です。
【リー・ストラスバーグ】Lee Straberg
ニュー・ヨーク、アクターズスタジオの創設メンバー。俳優よりは演技コーチとしてのキャリアの方が著名かもしれない。ご本人はあまり映像作品がなく、一番有名なのは何といっても『ゴッド・ファーザーⅡ』のハイマン・ロス。この方に演技指導なんてとんでもない。監督も「おまかせで」って感じなんですかね。そんな彼が演じるのは、行商人カプラン。名前からユダヤ系と分かるのでしょうけれど、初見時は分かっていなかった。齢(よわい)十分なのに、ちょろまかし詐欺のような押し売りや、スリまがいのことをして世渡りしつつも、若い人たちや子供には優しかったりするあたり、このご老人の事を憎めないと思わせる説得力ある演出です。特に、保護者と離れてしまう小さな子どもや、赤ちゃんを抱いてあやすところなど、演技とも現実ともつかないように感じられるんですよね。なんというか、かわいくてしょうがないという感じが伝わってきて。カプラン氏の映画内人生は辛いのですが、それでも生き延びた限りは精一杯歩かなければという意思を感じるのは、私の思い入れが強すぎるせいでしょうか?
【バート・ランカスター】
贅沢キャスティングの一翼を担うアメリカ代表。軍人として命令の完全遂行をはかるも、彼の苦悩は計り知れない。なんというか、『地上より永遠に』の軍人がその後出世してヨーロッパに転属になったのかという気さえする。地位ある立場にあれど結局は軍隊という非常な組織の中間管理職に過ぎず、どこまで行っても努力が報われない。強大な力を背景に最後まで職務を遂行したにもかかわらず、黒幕からの監視を逃れることができないという皮肉。派手なアクションは全くないけれど、映画を引き締める碇としてなくてはならない存在でした。
映画のあれこれ
【細菌感染】
COVID-19を経験した今からすると、ちょっと笑ってしまうような感染対策ですが、未知の細菌に感染した場合はとにかく隔離して検疫を行うことが鉄則であることは変わりません。というかそれしか方法はない。ソフィア・ローレンは列車で発生した病人の看護にあたるわけですが、自分の車室に戻って一生懸命手を洗う彼女にたいして、元夫のリチャード・ハリスが「そんなの無駄だよ、空気感染なんだから」と言っています。え、空気感染なんですか?それじゃあ、WHOの建物の窓が壊れた段階で職員にも相当数の症状が発生しているはずなのにとおもいつつ、映画は潔く振り切っております。
列車を決して止めないのが、サスペンス醸成のポイントになっていますが、やはり補給が必要になりニュルンベルクで一旦停車。その際に窓や扉は溶接されてさながら戦時中に収容所に向かう列車の様相を呈してきます。そうか、やはり封印して中の人間を外に出さないのが隔離のポイントなんですね。列車内も病人はひとまとめにし、ビニールのカーテンで仕切りをするなど、最近まで観ていた風景と重なります。
【国際列車】
逃走犯は、ジュネーヴ発ストックホルム行きの国際列車で逃走を図るのですが、おそらく飛行機よりは警備が緩いと見越した作戦なのでしょう。当時の空港安全対策は今から比べるとお粗末な気もしますが、それでもボディチェックはあるし、爆弾テロも頻発していたのだから、やはり警備の眼をかいくぐろうとうすれば列車でしょうね。それにWHO本部から鉄道の駅までが近いので、設定上も無理がない。
その、国際列車の駅に主要登場人物が集まってくる下りが観ていて楽しい。このグランド・ホテル形式の映画って本当にわくわくするようなところがあって、その後の展開が今一でも、この場面があるだけで許せる気がする。中でも、武器商人の妻として堂々登場のエヴァ・ガードナー。しっかり紗がかかっていて周りと浮きまくっているけれど、そんなの許す。彼女の愛犬はキーパーソンならぬキードッグとして重要な役割を果たすけれど、最後は結局どうなった? ついでに、山のように持ち歩いているトランクの数々が贅沢な気分を盛り上げます。ロゴは確かディオール。70年代と現在では旅行のスタイルも持っているものも当然違うけれど、70年代の皆様はキャスター付きの何かをゴロゴロ引っ張ったりはしていないという点かもしれません。若者はボストンバッグやバックパックなど。お金持ちの方はトランクをカートに積んでポータに運ばせる(!)
私も一度はやってみたいものです。
【そのほか】
最初の意気込みはどこへやら、だんだんめんどくさくなってきたので、もう雑感です。製作年が1976年ですから、先の大戦からおよそ30年後。さて2024年の今から30年余りを振り返ると、1994年はリレハンメルオリンピック、ルワンダ大量虐殺、関空開港、1995年の阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件 などが出てきました。個人的には阪神大震災が一番大きな出来事で、その時の恐怖、その後の泣き笑い(近しい間柄での人的被害はなし)など、今でも手に取るように覚えています。一方で同じ体験をしていても知らない事もまだまだ多いと感じています。おそらく現在40歳以上の方なら、かなり確かな記憶をお持ちかと思うのです。ということは、1976年に生きている登場人物たちも、多かれ少なかれ戦争の記憶を持っているはず。おそらく最年長のカプラン氏から、下はソフィア・ローレンくらいまで。そんな風に考えると、戦争は意外なほど記憶に新しいものだし、その爪痕はとても深いのだと感じられる。
突っ込みどころはもっと他にもあるようですが、とりあえずこの辺で。