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『PLAN75』鑑賞

『PLAN75』 2022年製作 112分 日本・フランス・フィリピン・カタール合作

 

75歳以上になったら、生死の自己決定ができるようになった日本。そこで生きる高齢者は何を思い行動するのか。

こんな予想をしながら映画館に行ってみると、やはりテーマに沿った観客層というか、いつもより年齢層が高く感じられた。(私も押し上げている一人だけど)

 主人公は倍賞千恵子が演じる角谷ミチ。公式HPによると、78歳という年齢で、コツコツとホテルの客室清掃係をしている。このあたりを映画は手際よくかつじっくりと見せている。ミチは的確で手つきに迷いがない。慌てたりもせずに、確実に仕事をさばいていく。その姿がとても美しくて、これだけでも本作を見る価値があるというもの。

 一方で、「プラン75」という制度を推し進める側は、まだまだ先が長そうな若者たちだ。彼らは決してぶしつけな人間ではなく、このような選択をした高齢者に対しても礼儀を尽くしている。それは、この制度はもう変えることができず、国会で決まったことなのだから守らなければならないと思っているからに過ぎない。

 この「決まったことに従うべき」という雰囲気が非常に恐ろしい。2か月ほど前に公開された『ヒトラーのための虐殺会議』をほうふつとさせる。意思決定の手順は厳格に法に沿っているのだが、そこに至る過程がおかしかったり、決めている内容が「ちょっと待て!」と言いたくなるようなタガの外れたことだったりする。それなのに一度決まってしまうと、「決定済み」なのだから、それ以上考えることをやめてしまうのだ。

「プラン75」の世界も、一種の思考停止に陥っていると言えそうだ。

 

 もう一つは、「優しくない社会」。ミチがパソコンを相手に書類を申請しようと格闘する場面。係員はすぐに来てはくれるが、不具合理由の説明もなく「やっておくから」と言わんばかりにカチャカチャとキーボードをたたいてそれで終わってしまう。

 本編と直接関係がないエピソードだけれど、公園のベンチにどんな手すりをつけるか真剣に話し合うという場面があった。公園のベンチの真ん中あたりに手すりを付けて、等間隔に座れるようにしてあるものを見かける。一見親切そうだが、実はホームレス対策だそうで、寝っ転がって占領されたくないから、仕切りをつけるのだそうだ。ベンチを占領するのはホームレスだけではないはず。ちょっと気が利いているように見えるところに、底意地の悪さを感じてしまう。(これについては『夜明けまでバス停で』という映画もありますね。未鑑賞ですが気になっている)

 システマチックで何でも快適に進むのだけれど、レールを外れることを頑として拒む社会を優しいとは言えないと思うのだ。

もう一組の「プラン75」にかかわる叔父と甥の関係は、悔やんでも悔やみきれない気持ちが迫ってきてつらい一方で、ミチの顔を上げた最後が希望につながるようで、後口が良い。決して悲観していない監督の意思だと私には思えてきた。

ミチが最後に見せた横顔の、何か大きな存在を感じている様子に、私もその何かを感じたいと思った。

 

 静かに、ひたひたと話が進んでいくので、私にはやや中だるみしてしまうところもあった。だからと言って退屈というのでもなく、構えて観ていた気持ちが最後は楽になるのが良かった一本。少し先の日本という設定ながら、十分にSF映画の香りがするところは、作劇の上手さ故だと感じた。美術や撮影場所が特別ではなくても、説得力のある脚本のおかげで、未来という設定を十分に感じられた。

 10年後にこの映画を見たとき、日本はどうなっているのでしょうね。

 

監督:早川千絵 脚本:早川千絵 ジェイソン・グレイ 撮影:浦田秀穂 

照明:常谷良男 録音:臼井勝 音楽:レミ・ブーバル 編集:アン・クロッツ

【出演】

倍賞千恵子:角谷ミチ 磯村勇斗:岡部ヒロム たかお鷹:岡部幸夫 

河合優実:成宮瑤子 ステファニー・アリアン:マリア 大方斐沙子:牧稲子

串田和美:藤丸釜足