うたたね図書館

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『心は孤独な数学者』読了 

「心は孤独な数学者」 著者 藤原正彦 出版社 新潮社 1997年10月30日発行

 ここ数年まともに読書をしてこなかったせいか、何を手に取っていいのかも

分からなくなってしまった。以前は翻訳ミステリーが好きで、気に入ったものは

新刊をすぐ手に取っていたものだが、御多分にもれず「ちょっと高いです~」と

なってしまい、もっぱら図書館頼みの日々。新刊の貸出予約は。生きている間に

読めるのだろうかというくらいの順番待ち。仕方がないので、すぐに読めそうな本を選びたいのだけれど、「はて、何を読みたいのかしら?」となってしまい、図書館に行っても戸惑うばかり。こんな悩める私の救世主となりそうなのが、「打ちのめされるすようなごい本」。米原万里さんが1995年から2006年までに著した全書評を一冊にまとめたもの。一読してその読書量に驚愕。単純な私は、「そうだ、ここに出てきた本を読んでいけばいいのでは?」と思った次第。

 その栄えある第一冊目がこの「心は孤独な数学者」。藤原正彦氏は、数学者にして随筆家として名高い方なので、これ以上のことを書く必要もないかと思う。過去に「若き数学者のアメリカ」を読んだきりだが、70年代のアメリカでまさに孤軍奮闘するありさまを時に面白く時にほろ苦く描いて、外国で働くことの一端に触れた本。数学者そのものの仕事については素人の理解の及ぶところではなく、「すごい方なのだ」という知識があるのみ。いささか余人の知りえぬ世界に暮らす方が、さらに理解の及ばない数学の天才達についての評伝を読みやすく書かれたのが本書。取りあげているのは、アイザック・ニュートン、ウィリアム・R・ハミルトンそしシュリニヴァーサ・ラマヌジャンの三人。かろうじてニュートンの名前は知っていたものの、数学者としての認識はなかったし、あとの二人はごめんなさい、まったく存じ上げませんでした。とはいえ、藤原氏にとってこのお三方は、アイドルというか神様というか、畏れ多い大天才。特に三人目のラマヌジャンについては力の入れようが格段に違っていて、その熱さでもって背中を押されるようにページをめくりました。

 ラマヌジャンの天才を表現するのに、作者は以下のように綴っている。『ラマヌジャンは、「我々の百倍も頭がよい」という天才ではない。「なぜそんな公式を思いつけたのか見当がつかない」という天才なのである。『アインシュタイン特殊相対性理論は、アインシュタインがいなくとも、二年以内に誰かが発見しただろうと言われる』そのうえで、作者がラマヌジャンの公式をみてどう感じるかといえば、『文句なしの感嘆であり、しばらくしてからの苛立ち』なのだそうだ。このあたりは、数学者でなければ感じることのできない感想であり、そこが理解できないのはそれこそ私も「苛立つ」ところではあるが、だからこそ、数学界にそびえたつ偉人であることは間違いなく伝わってくる。その意味でも、このインド出身の不世出の数学者の名前をしり、その偉業の陰にあるエピソードを知りえたことがありがたかった。

 出版年が1997年と20年以上前であることから、インド社会に対する、やや上から目線な部分が、今となっては鼻白むところではあるが、私のようにおよそ理解不能な世界を垣間見せてくれるという点、そして偉大な学者がいかに理解されないかという点や、純粋科学としての熾烈な競争などを垣間見られるのも、興味深いところだと思う。