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映画:『ノートルダム 炎の大聖堂』鑑賞


 2019年4月15日に発生した、フランス、パリにあるノートルダム大聖堂の火災事故を、ジャン=ジャック・アノー監督が映画化したもの。

 もちろん、火災当日にカメラを回せるわけもなく、公式HPによれば「大規模なセット

ば火災現場に入れないため、観ているこちら側も、熱やにおい、煙にまかれて前が何も見えなかったりする様子が迫ってきて、臨場感満点の作品となっていました。

 世界的な文化財が焼け落ちていくのをただ見守るしかできないのは、膨大な数の

ギャラリーのみならず、陣頭指揮にあたる消防隊長以下、ノートルダム大聖堂の司教、学芸員、警備担当者、群衆整理の一警官に至るまで、こちらもいつ爆発してもおかしくない苛立ちを畳みかけるように見せていく演出のおかげで、大惨事にどう立ち向かったかという記憶の映画になっていると感じました。

 以下(ネタバレありです)、順不同で印象に残った部分を上げますと、

 

【歴史的建造物が燃えると】

ノートルダム大聖堂は1225年に完成した、ゴシック建築を代表する建造物。

記憶をさかのぼる事20数年以上前、一度だけここに上ったことがあります。当時若かったとはいえ、あの鐘まで登るのは苦しかった思い出が。映画でも喘息持ちの警備担当者が巨体を揺らしながら狭い階段を駆け上がっていましたが、絶対にできないです。すれ違えないし(確か一方通行)、自分の荷物も邪魔になるし。消防隊員は完全装備で、しかも熱に包まれている中を駆け上がっていくわけですから、訓練のたまものとはいえ、すごいことです。消防士さんには足を向けて寝られません。

 ノートルダムといえば、あのガーゴイルの石像が印象的かと思いますが、wikiで調べたところによれば、「雨樋の機能を持つ怪物などをかたどった彫刻」とありました。ゴシック建築は勾配が急で雨水が勢い良く漆喰の壁を濡らしてしまうため、壁から離れたところに水を落とすための吐出口が必要となり、あの彫刻が出来上がったそうです。

 しかしこの火事の局面で飛び出して来たのは、雨水ならぬ流れる鉛。想像もしなかったことですが、鉛の特性(耐食性に優れているが、融点が327度と低い)で、火災時にはあっという間に液体になったと思われ、意外な伏兵があったことを知りました。

 火災消火後の事故処理に、あの鉛はどうなったのでしょうか?

 

【「茨の冠」救出作戦】

 映画は、火災直前の観光客でにぎわう様子も描いてますが、どのガイドも口々に説明するのが「いばらの冠」。救出すべき数々の文化財で、大聖堂の大司教様がいの一番に挙げたのが、キリスト磔刑の際にかぶっていたとされる「いばらの冠」でした。聖堂の内陣奥深くに保管され厳重に鍵がかかり、それでは保管庫ごと救出というわけにもいかず、とにかく取り出さなければという、スリルとサスペンスあふれる場面となっています。

無事に救出したものの、一般の観光客も含めて多くの人がそうだと思っていた冠が、実はレプリカであり、保管場所の鍵を持っているのは、ロラン・プラドという名の学芸員。映画内での使われていた役職名を覚えていないのですが、おそらくはノートルダム大聖堂学芸員のトップに立つ方で間違いないと思います。本人も、何とか現場に近づこうと必死の努力をしますが、このあたりのドタバタぶりが緊張をほぐす役目にもなっていて、いいアクセントだったと思います。ともあれ、鍵を持って火災現場に入っていき、鍵を開けていくのですがその開け方が!アナログでありながら、本人でなければ絶対に分からないシステムで、まったく別の作品ですが、「月に咲く花の如く」という、中国ドラマの一場面を思い出しました。

 本物救出後のメディア対応がまた洒落ていて、にやりとさせられます。

 

【偉い人対応】

 これだけの大惨事ですから、当然あの人も現場を視察したいですよね、マクロン大統領。どこの国でも、偉い方は出張ってきたいのねと苦笑しながら見ていると、その上を行く対応の消防隊員たち。この忙しい中、本物の現場視察をされると混乱するため、視察用のフェィク消防車を用意するという周到さ。現場の人達は、マクロン大統領の訪問は単なるパフォーマンスに過ぎないとわかっているわけで、それなら、その茶番に付き合ってやろうというこれまた大人な対応を見せるのです。

この映画の中のマクロン大統領、そっくりさんかと思っていたのですが、IMDbのサイトを見ると、どうやらご本人だった様子。おそらく当時の映像などをうまくつないでいるのでしょうけれど、コケにされっぷりが半端ないです。

 最近観ている映画が、「いかに当局の検閲をかわすか」といったものが多く、妙にハラハラしていたのですが、これって当たり前ですよね。文化財の保護もできず、見栄えのある場面だけに登場しようという国のトップは、笑われても仕方がない。当たり前の健全さが、ややうらやましく感じられました。

【消防士のこと】

 皆さんの活躍ぶりは映像の通りですが、面白いと思ったのが、役職が准将とか大佐とか、軍隊式になっていたこと。こちらもwikiで調べてみたところ、この火災に対して出動した消防は、「パリ消防旅団」というフランス陸軍に属する消防工作部隊とのこと。だから、階級が軍隊と同じで、作中でも誰が誰より指揮権が上かといった話が出てきたのでしょう。下位の者が意見をする場合も、指揮命令系統にのっとった規律が求められ、かなり厳格な組織と感じました。軍隊なんだからそりゃそうだ。

 フランス語で消防士のことをpompier(ポンピエ)と言いますが、直訳すれば「ポンプを使う人」となり、英語のfiremanよりピッタリした名称に思えます。なんか英語だと、「火をつける人」見たいな印象があるんですよね。 

 

あれこれと書き連ねましたが、ドキュメンタリーのような深刻さばかりでなく、ところどころにちりばめられたユーモアと皮肉と、この大惨事に立ち向かった多くの人達の記憶が盛り込まれている、面白い作品だと思います。

 

原題:Notre-Dame brûle  2021年製作 上映時間:110分

監督:ジャン=ジャック・アノー 製作国:フランス・イタリア