うたたね図書館

散らかった好奇心を集める場所

『家族と社会が壊れるとき』読了

 


映画監督の是枝裕和ケン・ローチの対談番組を元に、追加取材と加筆修正を行ったもの。この本の元になった番組は二本とも見たのですが、どうしても尺の都合で物足りない部分や、もう少し詳しく聞きたいところがありました。

 たまたま、図書館でこの本を目にしたので改めて番組を思い出しつつ読み進めました。

 是枝裕和作品で鑑賞済なのは、「万引き家族」「そして父になる」「真実」「怪物」の四本。監督の名を一躍高からしめた「誰も知らない」は未見。あまり知った風なことは書けませんが、共通しているのは「誰にとっての真実か」を追いかけているのか、という点です。善悪や是非ということではなく、登場人物にとってそれしかないような行動を、じっと見つめている作家のように思えます。

 対談相手のケン・ローチは、是枝監督の尊敬する監督であり、世界的にも評価の高い作品を今なお発表し続けいてる、まぎれもない大監督です。こんな言い方はおそらく好まないのでしょうけど、筋金入りの社会主義者として筋の通った作品を世に出し、しかも映画祭などでの評価が高いとくれば、これ以外に言いようもないかと思います。

 お二人のお話で何度も出てくるのは、世の中は簡単な二項対立ではないし、もっとあいまいなものもあるということ。立場的に弱い人々に寄り添っていくことが大切なこと。協力しあい団結することが大切なこと。何だか青臭い感じさえすることですが、忘れずに心にとめておきたいことです。

 作品作りのテクニック、例えばカメラを置く場所など、その必然性について語っているところも興味深く、この辺は、合わせて作品を見直せば監督達の意図をどのくらい読み取れていたかの答え合わせにもなりそうです。

 対談番組を見ていて一番気になったのは、ローチ監督の「子役はどんな風に選ぶのか?」という問いでした。これは前段があって、イギリスでは労働者階級の人達というのは見ればわかるから、俳優がそのふりをしているだけでは作品にならないと述べています。それを踏まえての「貧困は肌に表れる」という発言です。この言葉を聞いて私自身は「あっ」と思ったし、是枝監督の表情にも動揺が現れたように思えました。キャスティングは映画の出来を左右する重大事項である上に、スポンサーなども絡むのかもしれないと考えるとかなりデリケートなところだなと感じましたが、そこに切り込んでくるローチ監督、やはり只者ではないのです。

 この質問に対して、是枝監督は、「『万引き家族』では、いろいろな背景を持つ人間の集まりだから、必ずしも典型的な顔立ちでなくてもいい」といった感じのことを述べています。なるほど、そういう意図があったのかと思いつつも、もう一つ踏み込むためには作り手に相当な覚悟が必要なのだなと感じた次第です。階級がないとされている日本で、見た目をとらえて「貧困にあえぐ顔立ち」だからキャスティングしたなどとは言いにくいのでしょう。この一文をここに書くだけでも、私も緊張したので、作品を世に問う立場の人は、表現一つにも本当に身をすり減らす思いなのだなと想像します。

 読んでいて良いなと思ったのは、ローチ監督はエキストラの俳優にも名前で呼びかけるということ。少し話はそれるけど、「ベイク・オフ」(原題:British Bake Off)という番組の司会者のことを思い出しました。例えば、「このレシピはどうやって?」「叔母からです」といった会話があったとすると、「叔母様ね、お名前はなんとおっしゃるの?」なんて、すかさず名前を聞き出すわけです。そのあたりのやり取りがチャーミングかつ、敬意がこもっていて毎回いいなと思っています。名前を聞くとは、相手の顔が浮かんで、背景も少し見えてきてということにつながると思うので、ローチ監督にすれば何でもない当たり前の事かもしれないけれど、それが作品に表れるのだなと思った次第です。

2020年12月10日 第一刷発行

著者:是枝裕和 ケン・ローチ(Ken Loach)

発行所:NHK出版